はじめに

新NISAが始まってから、積立投資への関心は一気に高まりました。
金融庁の公表によれば、2025年12月末時点でNISA口座数は約2,826万口座に達しています。
つまり、NISAはもはや一部の投資好きだけの制度ではなく、多くの個人が参加する大きな資産形成の流れになっています。
しかし、参加者が増えたことと、投資リスクを理解している人が増えたことは、必ずしも同じではありません。
毎月コツコツ投資する。
長期で保有する。
一時的な下落に動じず、淡々と積み立てる。
この考え方自体は、とても合理的だと思います。
多くの個人にとって、短期売買やトレードで利益を出し続けるのは簡単ではありません。
むしろ、無理に相場を読もうとするよりも、長期・分散・積立を続ける方が、現実的な選択になる場合は多いでしょう。
私自身も、新NISA口座は開設していますし、積立投資そのものを否定するつもりはありません。
むしろ、一般的な個人投資家にとっては、かなり優れた方法だと思っています。
ただし、そこには一つ大きな落とし穴があります。
それは、
「積立投資なら安心」
という言葉だけが一人歩きしてしまうことです。
積立投資は正しい。しかし万能ではない
積立投資は、たしかに合理的です。
毎月一定額を投資することで、高い時には少なく買い、安い時には多く買うことができます。
いわゆるドルコスト平均法と呼ばれる考え方です。
この仕組みは、長期投資において有効に働く可能性があります。
そして、積立投資が支持される背景には、長期的な実績があります。
例えば、米国の代表的な株価指数であるS&P500は、長期的に見ると年平均約10%前後のリターンを記録してきました。
インフレを考慮した実質リターンでも、年6〜7%程度とされることがあります。
また、オルカンの代表的なベンチマークとして使われるMSCI ACWIは、先進国と新興国を含む全世界の大型株・中型株に分散投資する指数です。
世界中の株式に広く分散できるため、一国集中リスクを抑えやすい点が特徴です。
単純計算では、
- 年率10%で運用できれば、約7年で資産は2倍
- 年率8%で運用できれば、約9年で資産は2倍
になります。
この数字を見ると、多くの人が積立投資に魅力を感じるのも理解できます。
しかし「長期では必ず勝てる」は少し違う
ここで注意したいのは、
過去に上昇してきたことと、将来も必ず同じ結果になることは別問題
という点です。
実際のS&P500も、毎年10%ずつきれいに上昇しているわけではありません。
2000年のITバブル崩壊。
2008年の金融危機。
2020年のコロナショック。
大きな下落局面は、過去に何度もありました。
また、歴史を振り返ると、S&P500でさえ長期間ほとんど利益が出なかった時期も存在します。
つまり、
「長期なら必ず勝てる」
ではなく、
「長期で勝つ可能性が高かった歴史がある」
という表現の方が正確だと思います。
もちろん、世界経済や技術の進歩、社会の変化によって、今後も長期的には株式市場が成長していく可能性はあります。
私自身も、人類は進歩し続けると思っています。
ただし、それでも将来のリターンが保証されているわけではありません。
私が気になるのはリターンではなく継続率
S&P500やオルカンの過去実績を見ると、積立投資が合理的な戦略であることは理解できます。
問題はリターンではありません。
問題は、
20年、30年、本当に積立を続けられる人がどれだけいるのか
ということです。
暴落が来るかもしれない。
仕事を失うかもしれない。
病気になるかもしれない。
家族の事情で投資どころではなくなるかもしれない。
人生には様々な波があります。
相場の理論は正しくても、人間の人生は理論通りには進みません。
だから私は、積立投資そのものよりも、
「暴落時にも継続できる覚悟があるか」
の方が重要だと思っています。
相場だけを見れば、暴落は買い場です。
けれど現実の人生では、暴落時にこそ不安が増えます。
収入が減るかもしれない。
仕事が不安定になるかもしれない。
家族の問題が出てくるかもしれない。
病気、介護、住宅ローン、教育費、予期せぬ支出。
人生には波があります。
そして、その波は相場の波と同時に来ることがあります。
暴落時に積立を続けることは簡単ではない
本やネットでは、よくこう言われます。
「S&P500やオルカンを買い続ければ、個別銘柄に依存しない分散投資になる」
「長期では高い確率で資産形成につながってきた」
「暴落しても積立を続けましょう」
「下がった時こそ買い場です」
「長期で見れば問題ありません」
たしかに、理屈としてはその通りです。
しかし、実際に自分の資産が大きく減っていく画面を見ながら、同じことを言える人はどれだけいるでしょうか。
含み益が消える。
含み損になる。
ニュースは不安をあおる。
SNSでは悲観論が増える。
周囲の人も不安になり始める。
その中で、淡々と積立を継続できるか。
ここで初めて、その人の本当のリスク許容度が見えてきます。
知識として知っていることと、体で理解していることは違う
投資で怖いのは、知らないことだけではありません。
むしろ、
知っているつもりになっていること
の方が怖い場合があります。
「長期投資が大事」
「積立が有効」
「暴落時に売ってはいけない」
こうした言葉を知っている人は増えました。
しかし、それを本当に理解しているかどうかは、平穏な相場では分かりません。
上昇相場では、誰でも落ち着いていられます。
含み益がある時は、誰でも長期投資家のように振る舞えます。
問題は、下落した時です。
その時になって初めて、
自分が本当に投資を理解していたのか、
それとも言葉だけを覚えていたのか
が分かります。
新NISAが悪いのではない
ここで誤解してはいけないのは、新NISAそのものが悪いわけではないということです。
非課税で長期投資できる制度は、個人にとって大きなメリットがあります。
問題は制度ではありません。
問題は、
制度の良さを、自分の投資理解と混同してしまうこと
です。
新NISAを使っているから安心。
積立しているから大丈夫。
有名な投資信託を買っているから問題ない。
そう思い込んだ時、人はリスクを見落とします。
本当に大切なのは、何を買うかだけではありません。
下がった時にどうするか。
生活が苦しくなった時に続けられるか。
自分の感情が揺れた時に、判断を誤らないか。
そこまで含めて、投資なのだと思います。
投資経験は、利益よりも下落局面で作られる
投資の経験値は、利益が出ている時にはあまり増えません。
口座の評価額が増えていく上昇相場では、誰でも投資が簡単に見えます。
しかし、その時に得ている利益が、自分の実力によるものなのか、市場全体の追い風によるものなのかは、慎重に見極める必要があります。
上昇相場では、自信を持つ人が増えます。
投資を始めたばかりでも、含み益が出れば、自分はうまくやれていると感じやすくなります。
しかし、長く相場に向き合ってきた人ほど、そういう局面で簡単には断言しません。
相場が本当に人を試すのは、上がっている時ではなく、下がった時だからです。
本当の経験値は、苦しい局面で積み上がります。
思ったように上がらない時。
買った直後に下がった時。
含み損を抱えた時。
周囲が悲観一色になった時。
自分の判断を疑いたくなった時。
そういう場面を通過して、乗り越えて、痛みを感じて、初めて投資家としての芯が作られていきます。
だから私は、積立投資を否定しません。
積立投資も、個別株投資も、短期売買も、FXやデリバティブのような取引も、手法は違います。
しかし、最終的に問われるのは、下落局面で自分の感情をどう扱うかだと思っています。
私自身、以前は投資信託だけで資産形成をしている人に対して、少し距離を置いて見ていた時期がありました。
投資信託が悪いわけではありません。
ただ、仕組みに乗っているだけで投資の本質を理解したつもりになることには、違和感があったのです。
しかし今は、少し違う見方をしています。
むしろ、危険度の高い投資や過度な短期売買に踏み込むよりも、投資信託を中心に長期で資産形成を続ける方が、一般の個人にとってはよほど堅実で現実的な選択かもしれない。
そう感じるようになりました。
デリバティブや短期トレードに費やすエネルギーの消耗は、実際に経験した人でなければ分かりにくい部分があります。
だからこそ、積立投資を選ぶこと自体は、私は合理的だと思っています。
ただ、積立投資を選ぶなら、
それを続ける覚悟まで含めて理解する必要がある
とも思っています。
おわりに
新NISAによって、投資を始める人が増えたこと自体は良いことだと思います。
しかし、上昇相場の中で投資を始めた人ほど、投資を簡単なものだと感じやすいかもしれません。
含み益が出ている時、人は自分のリスク許容度を過大評価しがちです。
しかし、本当の耐性は、順調な時には分かりません。
大きく下がった時。
不安が高まった時。
生活の事情と相場の下落が重なった時。
その時に初めて、自分がどれだけ投資を続けられるのかが分かります。
積立投資は正しい。
長期投資も合理的。
ドルコスト平均法にも意味がある。
けれど、それを実行し続ける人間の心は、決して機械ではありません。
相場は下がります。
人生にも波があります。
不安になる時もあります。
その時に初めて、人は自分の本当のリスク許容度を知るのだと思います。
投資で大切なのは、知識を持つことだけではありません。
知識を、自分の人生の中で使える理解に変えていくこと。
積立投資は、制度としてはとても優れています。
ただし、制度が優れていることと、自分がその制度を最後まで使いこなせることは同じではありません。
新NISAで大切なのは、何を買うかだけでなく、下落時にも続けられる資金計画と心理的な準備を持っておくことだと思います。
上昇相場では見えにくい自分のリスク許容度を、あらかじめ過大評価しないことも重要です。
新NISAは便利な制度ですが、万能ではありません。
だからこそ、制度の良さに安心しすぎず、自分の人生の中で続けられる投資なのかを確認しておく必要があります。
新NISAブームの中で、いま一番見落とされているのは、そこなのかもしれません。


