このブログは、最初はビットコインについて考えるために始めた。
なぜ私はビットコインに行きついたのか。
なぜ私はビットコインを手放さないのか。
ビットコインとは何なのか。
国家通貨とは何が違うのか。
なぜ2100万枚という供給制限に価値があるのか。
そうした問いを、自分の言葉で整理したかった。
相場のニュースを追うだけではなく、価格の上下に一喜一憂するだけでもなく、もう少し深いところで、ビットコインという存在を見つめてみたかった。
しかし、記事を書き続けるうちに気づいたことがある。
私が本当に観測していたのは、ビットコインの価格だけではなかった。
相場だけでもなかった。
投資商品そのものだけでもなかった。
私は、相場を通して人間を見ていた。

相場には、人間の心理が表れる
人はなぜ、上がると強気になり、下がると弱気になるのか。
人はなぜ、買うべき時に買えず、売るべきでない時に売ってしまうのか。
人はなぜ、他人の成功にイライラするのか。
人はなぜ、自分が理解していないものを否定するのか。
人はなぜ、分かっているのに同じ失敗を繰り返すのか。
人はなぜ、損だと分かっている行動に戻ってしまうのか。
投資の世界には、人間の心理がそのまま表れる。
不安。
欲望。
嫉妬。
焦り。
見栄。
後悔。
損を確定させたくない気持ち。
取り返したい気持ち。
何もしないことに耐えられない気持ち。
相場とは、価格が動く場所であると同時に、人間の潜在意識が露出する場所でもある。
私は次第に、価格そのものよりも、その価格に反応する人間の方に興味を持つようになった。
ビットコインが上がった時、人はどう反応するのか。
ビットコインが下がった時、人は何を語り始めるのか。
持っている人と、持っていない人では、同じニュースをどう違って見るのか。
成功した人を見た時、人はなぜ素直に受け止められないのか。
そこには、投資を超えた人間観察がある。
「観測」とは、相場を見ることだけではない
このブログで繰り返し使っている「観測」という言葉は、単なる相場観察ではない。
価格を観測する。
ニュースを観測する。
人の反応を観測する。
そして、自分自身の内側も観測する。
特に重要なのは、自分自身の内側である。
人は、自分で考えて行動しているつもりでいる。
しかし実際には、不安や欲望や過去の記憶にかなり動かされている。
投資で言えば、これがポジポジ病になる。
何かを買いたくなる。
売買していないと、機会を逃しているように感じる。
損をすると取り返したくなる。
利益が出ると、もう一度取りたくなる。
少し上がると置いていかれる気がする。
少し下がると、もっと下がる気がして動けなくなる。
これは理屈ではない。
人間の内側で、潜在意識が勝手に営業を始めているようなものだ。
自分の内側にいる営業マン
外から来る営業マンなら断れる。
銀行や証券会社の営業。
怪しい投資話。
SNSで派手な利益報告をする人。
相場の天井で強気な言葉を並べる人。
そういうものには、ある程度警戒できる。
しかし、自分の内側から湧いてくる営業マンは厄介である。
「今なら買ってもいいのではないか」
「ここまで下がったなら、もう少し待つべきではないか」
「少しだけなら大丈夫ではないか」
「前にも勝てたのだから、今回もいけるのではないか」
「ここで動かないと、チャンスを逃すのではないか」
この内側の声は、こちらの弱点をよく知っている。
不安も、欲望も、退屈も、後悔も、見栄も知っている。
だからこそ、もっともらしい言葉でこちらを動かそうとする。
投資で一番危険なのは、外から来る誘惑だけではない。
自分の内側から湧いてくる、もっともらしい誘惑である。
この内側の営業マンに気づけるかどうか。
そこに、投資だけでなく、人生そのものの分かれ道があるように思う。
ビットコインは入口であり、相場は鏡だった
だから、このブログは単なる投資ブログではない。
ビットコインを入口にして、相場を観測する。
相場を入口にして、人間の心理を観測する。
人間の心理を入口にして、自分自身の潜在意識を観測する。
そのための記録である。
私は、価格を当てたいわけではない。
未来を予言したいわけでもない。
誰かに売買を勧めたいわけでもない。
むしろ、価格に振り回される人間の姿を見たい。
そして、自分自身もその一人であることを忘れないようにしたい。
ビットコインは、そのための大きな入口だった。
相場は、人間を映す鏡だった。
お金は、人間の本性を浮かび上がらせる装置だった。
投資記事に見えて、実は人間の話を書いている
このブログには、投資に関する記事が多い。
しかし、書いているうちに分かってきた。
私は、単に投資手法を書いているわけではない。
たとえば、気絶投資家について書く時。
それは長期保有の話に見えて、実は「不安に反応しない仕組み」の話でもある。
放置は武器か、祈りかについて書く時。
それは投資手法の話に見えて、実は「自分が何を理解しているのか」という話でもある。
投資で一番危険なのは誰かについて書く時。
それは金融商品の話に見えて、実は「自分の内側にいる営業マン」の話でもある。
ポジポジ病について書く時。
それは短期売買の話に見えて、実は「何もしないことに耐えられない潜在意識」の話でもある。
人はなぜ他人の成功にイライラするのかについて書く時。
それは嫉妬の話に見えて、実は「自分の不足感を守ろうとする防衛反応」の話でもある。
表面の題材は違っても、根っこではつながっている。
投資。
仕事。
退職判断。
嫉妬。
浪費。
ギャンブル。
短期売買。
他人の成功への反応。
それぞれ別の話に見える。
しかし、その奥には共通しているものがある。
人間は、自分で自分を動かしているようで、実は潜在意識にかなり動かされている。
この事実である。
「なぜ」は、無意識を見に行く言葉
このブログには、「なぜ」という言葉がよく出てくる。
人はなぜ売ってしまうのか。
人はなぜ買えないのか。
人はなぜ待てないのか。
人はなぜ他人の成功にイライラするのか。
人はなぜ分かっているのに同じ失敗をするのか。
人はなぜ、損だと分かっている行動に戻ってしまうのか。
この「なぜ」は、表面の出来事を見るための言葉ではない。
その下で何が動いているのか。
どんな感情があるのか。
どんな防衛反応があるのか。
どんな短期報酬への引力があるのか。
どんな潜在意識の声があるのか。
そこを見に行くための言葉である。
だから、私にとって「なぜ」と問うことは、単なる分析ではない。
自分の無意識を観測する作業でもある。
自己規律とは、潜在意識を否定することではない
ここで大切なのは、潜在意識を否定することではない。
不安を感じること。
欲望が湧くこと。
嫉妬すること。
焦ること。
退屈に耐えられなくなること。
取り返したくなること。
それ自体は、人間として自然な反応である。
問題は、その反応に司令権を渡してしまうことである。
不安だから売る。
欲しいから買う。
悔しいから取り返しに行く。
退屈だから売買する。
嫉妬したから相手を否定する。
焦ったから判断を早める。
これを繰り返すと、人生は自分の意思ではなく、内側の反応に動かされるものになってしまう。
自己規律とは、感情をなくすことではない。
潜在意識を敵として封じ込めることでもない。
自己規律とは、自分がどんな場面で崩れやすいのかを知り、先に構造で守ることである。
売買ルールを決めておく。
見ない時間を作る。
余計な資金を入れない。
一度立ち止まる。
感情が動いた時ほど、すぐに決断しない。
自分の中の営業マンが話し始めたことに気づく。
潜在意識に司令権を渡さないためには、意思の強さだけでは足りない。
必要なのは、自分が崩れる構造をあらかじめ知っておくことである。
観測することで、振り回されにくくなる
投資において大切なのは、いつも正しい判断をすることではない。
人間は間違える。
感情に揺れる。
都合のいい情報を集める。
損を認めたくなくなる。
何もしないことに耐えられなくなる。
だからこそ、観測が必要になる。
感情が動いた時に、すぐに行動するのではなく、まず見る。
なぜ今、自分はそう感じているのか。
なぜ今、買いたいのか。
なぜ今、売りたいのか。
なぜ今、他人の成功に反応しているのか。
なぜ今、焦っているのか。
なぜ今、取り返したいと思っているのか。
この「なぜ」を掘っていくと、投資は単なるお金の話ではなくなる。
それは、自分の潜在意識とどう付き合うかという話になる。
価格ではなく心理。
予想ではなく観測。
勝ち方ではなく、崩れない方法。
相場分析ではなく、人間分析。
そして、潜在意識に司令権を渡さない生き方。
このブログが目指しているのは、そういう場所である。
このブログは、自分自身を観測するための航路ログである
このブログの目的は、価格を追いかけることではない。
価格の向こう側にある、人間の心理を観測することである。
ビットコインは入口だった。
相場は鏡だった。
お金は、人間の本性を映す装置だった。
だから私は、このブログを書いている。
投資で勝つためだけではない。
相場に振り回されないため。
自分の内側にいる営業マンに気づくため。
潜在意識に司令権を渡さないため。
そして、人生の後半を、自分の意思で選んでいくため。
このブログは、ビットコインのブログであり、投資のブログであり、人間観測のブログである。
そして最終的には、自分自身を観測するための航路ログである。
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