
資産の目標は、人によって異なる。
一定額まで増やしたい人もいれば、配当や利息から生活費を得たい人もいる。老後資金を準備したい人もいれば、経済的な自由を得ることを目指す人もいるだろう。
ただし、どのような目標を持つ場合でも、資産を増やすことと、築いた資産を守ることは分けて考えた方がよい。
両者は、同じ投資の延長線上にあるように見える。
しかし、実際には勝利条件の異なる、別のゲームである。
資産形成期の目的は、限られた元本を成長させることだ。
多少の値下がりがあっても、給与収入があり、追加投資を続けられるなら、時間を味方につけて回復を待つことができる。
若い時期から新NISAや確定拠出年金、iDeCoなどを利用し、長期間にわたって積み立てを続ければ、少額からでも大きな資産に育つ可能性がある。
一方、退職が近づき、給与収入が減少した後では、同じ方法をそのまま続けることは難しくなる。
資産防衛期の目的は、すでに築いた資産を、生活を支えながら必要な期間にわたって残すことである。
ここでは、単に高いリターンを得るだけでは勝てない。
必要なときに現金があり、大きな下落が来ても資産を投げ売りせず、税金や生活費を払いながら市場に残り続けられることが重要になる。
資産形成と資産防衛では、求められる能力も、取るべきリスクも、資金の使い方も異なる。
投資の最終目標とは、資産を増やし続けることではなく、いつか資産防衛の段階へ移行できる状態をつくることなのかもしれない。
今の私は、そう考えている。
資産形成期は、変動に耐えながら増やすゲーム
資産形成期には、価格の下落が必ずしも悪いとは限らない。
定期的に収入が入り、投資を継続できる人にとっては、価格が下がれば同じ金額でより多くの資産を購入し、保有量を効率的に増やすことができる。
長期的な成長を期待できる資産であれば、下落相場も取得単価を下げる機会になる。
この点では、定期的な給与収入がある会社員は強い。
毎月一定額を投資に回せる仕組みをつくってしまえば、相場を細かく予想しなくても、長期的に資産を積み上げることができるからだ。
いわゆる「気絶投資」の強みを生かせるわけである。
投資では、複雑な予測や高度な売買技術が、必ずしも成果につながるとは限らない。
むしろ、余計な判断を挟まず、決めた金額を長期間積み立て続けた人の方が、結果的に資産を築くことがある。
例えば、生命保険会社の個人年金保険なども、入社して間もない時期に、契約内容や利回りを十分に理解しないまま加入している人は少なくない。
商品として最適だったかは別としても、何十年も半ば強制的に積み立てた結果、60歳を過ぎた頃にはまとまった資産になっている場合がある。
投資の知識が豊富だったから成功したというより、途中でやめずに積み立てを続けたことが、結果につながっているのである。
投資に長く向き合い、自分で考えながら試行錯誤してきた人から見れば、ほとんど判断をせずに続けた人が相応の成果を得ていることに、複雑な気持ちを抱くこともあるだろう。
しかし、投資ではそれが現実である。
知識や売買技術よりも、仕組みと継続の方が強い場面がある。
これは、商品選びの巧拙とは別に、長期継続の力がいかに大きいかを示している。
資産形成期に重要なのは、主に次のようなことだ。
- 投資元本を増やすこと
- 継続して市場に資金を投入すること
- 短期的な値動きに耐えること
- 将来の成長余地を取り込むこと
もちろん、何に投資してもよいわけではない。
投資対象を十分に理解し、生活に必要のない資金で長期保有することが前提になる。
その条件を満たすのであれば、ある程度の価格変動を受け入れることには合理性がある。
相場全体が強い時期には、実力以上の成果が出ることもある。
しかし、そのような相場が永遠に続くわけではない。
資産形成期では、必要以上に値動きを避けることが、逆に資産を増やせないリスクになる。
資産防衛期では、同じ下落が別の意味を持つ
ところが、年齢を重ねて給与収入が減少し、資産から生活費を取り崩す段階に入ると、同じ価格下落でも意味が変わる。
資産形成期であっても、結婚、出産、子どもの教育、住宅購入、介護など、大きな支出を伴う人生の出来事が起きれば、投資の継続が難しくなることがある。
相場が下落している時期に生活費やまとまった現金が必要になれば、安い価格で資産を売らなければならない。
一度売却した資産は、その後に相場が回復しても戻ってこない。
特に退職直後など、資産の取り崩しを始めた早い時期に大きな下落が起きると、その後の資産寿命に深刻な影響を与えることがある。
これは一般に「シーケンス・オブ・リターン・リスク」、日本語では収益順序リスクなどと呼ばれる。
たとえば、30年間の平均収益率が同じ二つの運用結果があったとしても、最初の数年間に下落が集中した人と、後半に下落した人では、取り崩し後に残る資産額が大きく異なる場合がある。
資産形成中であれば、価格が下がった時期にも追加投資を続け、回復を待つことができる。
しかし、取り崩し中に価格が下がれば、値下がりした資産を売却しながら生活しなければならない。
回復局面に参加できる資産そのものが減ってしまうのである。
事前に現金を確保し、損失を限定するルールや取り崩す順序を決めていれば、影響を抑えられる可能性はある。
何の準備もなければ、相場環境に運命を委ねることになる。
資産形成期には耐えられた下落が、資産防衛期には生活基盤を壊す下落へ変わる。
「長期投資を続ければよい」と言うのは簡単だ。
だが、収入、家族、税金、生活費、相場変動を抱えながら、自分の計画どおりに投資を続けるためには、相応の準備と覚悟が必要になる。
守るとは、値下がりしない資産だけを持つことではない
資産防衛という言葉から、すべてを現金や預金に変えることを想像する人もいる。
しかし、それもまた完全に安全とは限らない。
現金は価格変動が小さい一方で、物価上昇によって購買力が低下する。
毎年物価が上昇すれば、同じ一万円で買えるものは少しずつ減っていく。
60歳以降の生活が20年、30年と続くのであれば、資産の一部には成長する力も必要になる。
したがって、資産防衛とは、株式や投資信託、仮想通貨などのリスク資産をすべて売却することではない。
必要な生活資金を確保しながら、残りの資産には長期的な成長機会を残すことである。
守りとは、何もせず動かないことではない。
異なる役割を持つ資産を配置し、どのような相場でも無理な売却をしなくて済む構造をつくることである。
資産防衛では「何を持つか」より「どう使うか」が重要になる
資産形成期には、何を買うかが注目される。
株式なのか、投資信託なのか、不動産なのか、ゴールドなのか、ビットコインなのか。
最近では、オール・カントリー、いわゆるオルカンやS&P500に、新NISAを使って積立投資する方法が広く知られるようになった。
これらを積み立てること自体は、資産形成の方法として理解しやすい。
しかし、資産防衛期に入ると、投資対象を選ぶだけでは足りない。
重要になるのは、次のような運用構造である。
- 生活費をどこから出すのか
- 暴落時に何を売り、何を売らないのか
- 税金をどの資金で支払うのか
- 何年分の現金を確保するのか
- 収入が減ったときに支出を調整できるか
- 一つの金融機関やサービスに依存しすぎていないか
いわゆる出口戦略である。
分散投資も、単に保有銘柄の数を増やせばよいわけではない。
同じような値動きをする資産をいくつ持っていても、危機のときに一斉に下落するなら、防衛力はそれほど高まらない。
株式を複数銘柄持つことと、資産全体の役割を分けることは別である。
価格変動の性質、換金性、保管先、通貨、税制、収入源まで含めて分ける必要がある。
生活費と運用資産を同じ財布に入れない
資産防衛で特に重要なのは、生活費と長期運用資産を切り分けることである。
日々の支払いに必要な資金まで値動きの大きな資産に置けば、相場が下落したときにも売却せざるを得なくなる。
若い世代の中には、給与のかなりの部分を新NISAに入れ、生活費を切り詰めてでも投資枠を埋めようとする人がいるという。
投資を優先する姿勢そのものは悪くない。
私も若い頃は投資を優先していたため、その気持ちはよく分かる。
もっとも、私の場合は長期の積立投資ではなく、証拠金取引に資金を投入していた。
今から振り返れば、はるかに危険な方法だったと思う。
しかし、生活を圧迫する水準まで投資額を増やせば、どのような方法であっても継続できなくなる可能性がある。
病気、失業、転職、引っ越し、結婚、住宅購入など、人生には予想外の支出が起こる。
そのとき手元資金が不足していれば、せっかく積み上げた資産を、相場環境にかかわらず売却することになる。
新NISAでいえば、投資枠を埋めること自体が目的になり、生活の持続性が失われてしまえば本末転倒である。
逆に、当面の生活費を現金などで確保しておけば、下落相場で慌てて主力資産を手放す必要はない。
これは運用効率だけを見れば、機会損失に見えるかもしれない。
現金を持たず、すべてを値上がりが期待できる資産に置いた方が、上昇相場では資産額が増えやすいからである。
だが、資産防衛期における現金は、利益を生まない遊休資金ではない。
暴落時に資産を売らずに済む権利を買うための資金である。
いわば、相場が回復するまでの時間を確保するための防波堤だ。
取り崩し率は、固定された正解ではない
資産から毎年どれだけ使えるかを考える際、「4%ルール」が紹介されることがある。
これは、退職時の資産から一定割合を取り崩し、その後は物価上昇に合わせて金額を調整しながら、長期間の生活費を確保する考え方である。
しかし、4%という数字は、すべての人や、あらゆる相場環境に共通する保証ではない。
必要な生活費、年金収入、退職年齢、運用資産、税金、物価、相場環境によって、適切な取り崩し方は変わる。
重要なのは、3.5%か、3.9%か、4%かという小数点以下の違いだけではない。
毎年同じ金額を機械的に使うのか。
相場が悪い年には支出を抑えるのか。
年金などの収入が始まった後に取り崩し額を減らすのか。
資産残高に応じて使用額を変えるのか。
こうした柔軟性によって、資産が持続する期間は変わる。
資産防衛では、運用だけでなく支出も固定されたものではない。
相場や資産残高に合わせて使い方を調整できること自体が、防衛力になる。
増やした方法が、そのまま守る方法になるとは限らない
大きな資産を築いた人ほど、自分を成功させた方法に強い信頼を持ちやすい。
集中投資で資産を増やした人は、集中投資こそ正しいと考える。
高いリスクを取って成功した人は、今後も同じリスクを取り続ければよいと思いやすい。
しかし、資産形成期に正しかった行動が、資産防衛期にも正しいとは限らない。
資産が少ない時期には、失敗しても給与収入と時間で立て直せることがある。
だが、退職後に大きな損失を出せば、元に戻すための時間も、追加投資するための収入も限られる。
投資によって増えた利益を失っただけなら、結果として元の資産額に戻る場合もある。
しかし、そこからさらに自己資金まで大きく失えば、生活設計そのものが崩れる可能性がある。
資産額が増えれば、同じ収益率でも得られる金額は大きくなる。
そのため、同じ生活費を賄うために、無理に高い収益率を狙う必要性は薄れていく。
年間400万円が必要な人の場合、4,000万円の資産から運用益だけで400万円を得ようとすれば、年10%の収益率が必要になる。
一方、一億円なら年4%、二億円なら年2%である。
実際には税金や物価上昇、価格変動があるため、これほど単純ではない。
また、大きな金額を運用するようになると、価格変動に対する心理も変わる。
同じ10%の下落でも、1,000万円なら100万円だが、一億円なら1,000万円である。
収益率としては同じでも、目の前で動く金額はまったく異なる。
資産額が増えるほど、数字を単なる比率として見ることが難しくなり、これまでとは異なる心理状態に置かれる。
それでも、十分な資産を築いた後には、一億円を二億円に増やすことよりも、一億円から必要な生活費を無理なく確保し、長期間維持することの方が重要になる人もいる。
それにもかかわらず、資産形成期と同じ速度で増やそうとすれば、本来は取る必要のないリスクまで抱えることになる。
資産を艦隊として考える
私は、資産全体を一つの艦隊にたとえている。
値上がりを目指す株式や仮想通貨などの成長資産は、前線を進む主力艦である。
一方、日々の生活費を支える現金は補給船であり、年金や安定した収入源、値動きの異なる資産は、主力艦の航行を支える役割を持つ。
資産形成期には、主力艦を増やし、艦隊全体の成長力を高めることが重視される。
しかし、資産が増えた後も攻撃力だけを高め続ければ、主力艦ばかりが巨大になり、補給を担う船が不足した艦隊になる。
平穏な相場では、それでも速く進むことができる。
だが、大きな下落が長引けば、生活費や税金を支払うために、最も売りたくない主力資産まで手放さなければならなくなる。
資産防衛とは、主力資産を捨てることではない。
その主力資産を、最も売りたくない時期に売らずに済むよう、補給と護衛を含めて艦隊全体を整えることである。
ビットコインを持つことと、ビットコインだけに頼ることは違う
私の現在の投資は、暗号資産を中心とした形へ移行している。
その中でも、ビットコインを長期的な主力資産として考えている。
それは、ビットコインの将来性を信じているからであり、短期的な値動きだけを目的としているわけではない。
ただし、ビットコインを保有することと、生活のすべてをビットコインの価格に依存させることは別である。
どれほど将来性を信じる資産でも、自分が現金を必要とする時期に大きく下落している可能性はある。
ビットコインは、過去に高値から60%を超える規模で下落した局面を何度も経験している。
株式や投資信託を中心に運用してきた人の感覚では、耐え難いほど大きな値動きになることもある。
生活費や税金まで、下落時にビットコインを売却しなければ用意できない状態では、長期保有の意思があっても守り切れない。
だからこそ、ビットコインを手放さないためには、ビットコイン以外の資金が必要になる。
現金、年金、その他の収入、必要に応じて取り崩せる別の資産。
それらは、主力資産への不信を意味するものではない。
むしろ、主力資産を守り、最も売りたくない時期に売らずに済むための防衛線である。
税金も、資産防衛の一部である
資産防衛を考えるとき、見落としてはいけないのが税金である。
投資によって利益が出ても、その金額をすべて使えるわけではない。
一般口座や特定口座の源泉徴収なしで株式等の利益を得た場合、あるいは暗号資産など総合課税の対象となる所得を得た場合には、確定申告や納税が必要になることがある。
暗号資産を売却または使用して得た利益は、原則として雑所得に区分される。株式についても、特定口座の源泉徴収ありを選択している場合などを除き、口座の種類や取引内容に応じて申告が必要になる。
利益が出た年に資金をすべて再投資し、翌年の確定申告や納税の時期になって、現金が不足する。
これは、利益を出したことが問題なのではない。
将来支払う税金を、使ってよい資産と区別していなかったことが問題なのである。
艦隊の比喩で言えば、税金の支払いによって補給船が機能しなくなる状態は、航行計画に無理があったことを示している。
税金は、利益が出た後に初めて考えるものではない。
利益が出る前から、資産配分と現金管理の中に組み込んでおく必要がある。
納税時期になって初めて資金繰りに追われる状態は、税金が高いか低いかとは別に、資産防衛の準備が不足していたことを意味する。
資産防衛の成果は、目立たない
資産形成では、評価額の増加が成果として見えやすい。
一方、資産防衛の成果は目立たない。
暴落時にも右往左往せずに済んだ。
利益に対する税金の支払いでも慌てなかった。
値下がりした資産を投げ売りせずに済んだ。
不安から無謀な取引に手を出さなかった。
こうした「何も起こらなかったこと」が、資産防衛の成果である。
最大の利益を取れなかったとしてもよい。
人生に必要な資金を残し、自由な時間を確保し、相場に生活を支配されなければ、その設計は機能している。
資産形成の目的は、資産を増やすことだった。
しかし、資産防衛の目的は、増やした資産によって自分の人生を守ることである。
攻める者から、守れる者へ
資産形成には、勇気が必要である。
まだ価値が広く認められていないものに資金を投じ、値下がりに耐え、時間をかけて保有する覚悟がいる。
だが、資産防衛には別の強さが必要になる。
もっと増やせるかもしれないという欲を抑えること。
上昇相場でも生活防衛資金を残すこと。
上昇相場は永遠には続かないと理解すること。
自分を成功させた方法が、今後も最適とは限らないと認めること。
そして、増やす必要のない資産まで危険にさらさないことである。
資産形成と資産防衛は別ゲームである。
資産形成期の勝者が、そのまま資産防衛期の勝者になるとは限らない。
ゲームが変わったことに気づかず、同じ戦い方を続ける人もいる。
本当に資産を築いたと言えるのは、評価額が大きくなったときだけではない。
その資産を、自分の人生を支える安全な構造へ変えたときなのだ。



